歌舞伎講座第1回目となる今回は松竹衣裳株式会社から上松朋美(うえまつともみ)さんを講師にお招きし、歌舞伎の舞台を彩る衣裳のこだわりなどを、着付の実演を交えながら解説していただきました。
上松朋美さんは服飾学校を卒業後、1992年に松竹衣裳株式会社に営業として入社され、演劇部第一演劇課に所属され主に歌舞伎の仕込みや着付けを担当しておられます。
外連は歌舞伎が始まってから150~200年ほど経った頃、安政・嘉永の時代に確立されたと言われています。外連とは、大道具や小道具、衣裳やかつらに仕掛けをほどこした派手な演出のことです。お客様の上を飛ぶ「宙乗り(ちゅうのり)」や本物の水を舞台で使用する「本水(ほんみず)」、一瞬にして衣裳の柄や色が変わる「引抜(ひきぬき)」、一人の役者さんが何役も演じ分ける「早替わり(はやがわり)」と呼ばれるものがあります。
江戸時代後期に活躍した歌舞伎狂言の作者である四代目鶴屋南北は、宙乗りや早替わりなどの外連を多く作品に取り込んでいたことでも知られています。
代表的な作品に『天竺徳兵衛韓話(てんじくとくべえいこくばなし)』『東海道四谷怪談(とうかいどうよつやかいだん)』『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』などがあります。
1813(文化10)年、女方である五代目岩井半四郎が初演を勤めました。主演の役者が七役を早替りによってすべて一人で演じることから、通称『お染の七役』ともいわれています。
物語は油屋の娘お染と丁稚久松の悲恋を主軸に展開します。
『お染の七役』人物相関図
構成としては「序幕」「二幕」「大詰」の三幕仕立てになっているのですが、七役の内、お六以外の六役は序幕の開始15分ほどの間に登場します。
普段通りに着付けをしていくと到底間に合わないため、役者さんの身体に合わせ、短い時間の着替えでもきちんと着付けされているように見える衣裳を様々な工夫を凝らしながら仕立てていきます。
あらかじめ結んだ帯や羽織を着物と一緒に綴じ付けたり、マジックテープを活用したりもします。
さらに衣裳だけではなく、着替えのためのチームも必要です。ひとつは脱がすチーム、もうひとつは着せるチームです。脱ぐ場所と着る場所が違うこともあるので、2つのチームを兼任することはありません。
脱がすチームは「脱がす人」、「かつらを取る人」、「小道具を受け取る人」、「役者さんを着せる場所へ先導する人」というように、最低4人くらいは必要です。
着せるチームは「着せる人(最低2人から衣裳によっては6人くらい)」、「かつらを被せる人」、「汗を拭く人」、「手鏡(役者さんがかつらを合わせる際に使用する)を持つ人」、「水分補給用の水を渡す人」と、10人ほど必要な場合もあります。
衣裳を着終えたらすぐに舞台に出られるよう、役者さんが着替えをする際の身体の向きを決めておいたり、私たちも芝居の流れでどこに衣裳を準備しておくかを事前に確認しておきます。
二幕目はお染の家を舞台に、お染と久松、母の貞昌の三人での早拵えとなります。
大詰は舞踏中心の構成で、お染、久松、お光、お六の4人が早拵えになります。
ここでは、お染で出てきたはずの役者が久松に変わるという場面があるのですが、お客さんの目の前で瞬間的に役を変える「昆布巻き(こぶまき)」という早替りの技法を使っています。既存のお芝居では、『お染の七役』と『伊達の十役』で見ることができます。
「株式会社JALスカイ」「ANAエアポートサービス株式会社」のお二方にモデルとしてご協力いただき、実際に着付けを行っていただきました。
衣裳屋の立つ位置は、実際には役者さんの後ろ側になります。着物を紐で締めたり襟を合わせるところまでは役者さん自身で行います。
こちらの帯は「あんこう帯」といって、家にいる時やプライベートな空間で締める結び方になります。遊女などがこういった結び方をすることが多いです。
歌舞伎の衣裳では長襦袢はお芝居で必要な時にしか使用しないことが多く、襦袢と裾除けは二つに分かれています。
次に「胴抜き」という着物を着せ、「俎板帯(まないたおび)」を締めていきます。
伊達傾城の着物に合わせる帯にも色々種類があります。
打掛を着て完成です。
Q:歌舞伎に出てくる衣裳には豪華なものが多いですが、どれくらいの期間で新しいものと替えるのでしょうか?
A:出し物の頻度にもよりますが、頻繁に出る時はその分傷みも早いので直しをしたり新調するスパンも短くなります。
Q:一人の役者さんが複数の役を演じる時、二人(役)以上が同時に場面に出ることはあるのでしょうか?
A:そのような場面にも工夫をしながら対応しています。早拵えの楽しみ方として、後ろ向きで出てきた役者さんが「本人か否か?」を当てるということをされる方もいらっしゃいます。