講師に歌舞伎音楽の第一人者である七代目田中傳次郎さんをお迎えし、第4回「歌舞伎の音楽」を開催いたしました。
3歳の時に初舞台を踏み、1994年に七代目田中傳次郎を襲名し、現在では歌舞伎座をはじめとする公演への出演、歌舞伎狂言の作調、舞台プロデュースなど多方面で活躍している田中傳次郎さんに歌舞伎の音楽についてお話いただきました。
お越しいただけなかった方のために、内容の要点をご報告いたします。
また、最後に連獅子を演奏していただきました。通常よりは短いバージョンでしたが音と一緒に色々なリズムを感じられる素晴らしい演奏でした。動画も公開しておりますので、ぜひご覧ください。
歌舞伎音楽、歌舞伎囃子は、もともとは神社仏閣の神楽からヒントを得て色々な楽器を演奏している。
役者が踊っている後ろのひな壇で演奏される「出囃子」もあるが、通常はお客様から見えない場所で舞台の進行に合わせて音楽を演奏し、歌舞伎座では8畳ぐらいの部屋に多い時は30人ぐらいがひしめき合っている。
役者さんの心理描写、背景の情景描写など色々なことを演奏しながらお囃子の音を奏でている。
田中社中には20名、菊五郎劇団音楽部に15名が所属しており、約35名の囃子方で各地を巡って演奏している。足りない場合は、邦楽演奏家の方たちと一緒になり多い時は50~60人で働くこともある。歌舞伎専属の囃子方は世界で35名しかいない。
国立劇場で養成授業が開催されており、歌舞伎囃子では50%が養成所から出た人たちが活躍している。
能楽で言えば小鼓は元々武家のたしなみだったが、江戸時代になったら音楽に変わり、明治時代になると西洋のものが入ってきて廃れていった。
長年の技術がないとメンテナンスが出来ないため一般家庭には普及しなかった。
分解して持ち歩くが、組み立てる作業は毎日やっても出来るようになるまで1~2年はかかる。
手で打つ部分は馬の革を輪金に貼り伸ばして作られたものであり、革の薄さはコピー用紙2枚ほどでとても薄く素人が打つと破けてしまうことがある。
紐は麻で出来ている。紐は消耗品だが革は違う。プロが使う革はおよそ100~150年前に作られたもので、代々受け継がれて革を育てている。
胴の部分は鼓は桜の木で出来ていて、かんなで掘り続けて空洞になっており、プロが見ると掘り方で誰が作ったのか分かる。
周りには鯨の髭の筆で蒔絵が描いてあり、胴を作る職人、蒔絵を作る職人、金箔の職人、筆の職人、革の職人、麻の紐を作る職人など大勢の職人が関わって小鼓は出来ている。
鼓の持ち方は、左手を右肩のところまで持ってきて右手で叩く。叩く方の腕はクロスさせない。
革が破れる心配のないお風呂の中でも打てる鼓を参加者の中から2名が試し打ちしたが、2人とも全く音が出なかった。毎日練習してちょっと音が出るようになるまで10年はかかる。修行に長い時間がかかるので鼓がなかなか広まらない。
能楽で使われる鼓と歌舞伎で使われる鼓は同じ。
太鼓、大鼓(おおつづみ)、小鼓(こつづみ)、笛の4種の楽器で四拍子と言い、並び方は、能楽も歌舞伎も変わらない。
大鼓、太鼓は消耗品であり大鼓は10回程使うと革を変える。太鼓は古い革も使えるが歌舞伎の場合は激しく打つことが多いので10年ぐらいで張り替える。
手で打つのは馬の革で、バチで打つのは牛の革で出来ている。
掛け声でリズムを取り合う。お決まりのリズムに乗っかり最初に太鼓が打ち、だんだん小鼓でタクトを取り、太鼓と小鼓の中間の大鼓が両者の間合いを取り、笛がそのリズムを奏でて音楽性を保っている。
常に四拍子になっている。横乗りではなく縦乗りになる。
神楽のリズムは一定だが歌舞伎の音楽は様々なリズムがあり、その当時の流行歌であり最先端であった。
長唄など歌が入ると何を言ってるか聞き取りにくいかもしれないが、ラップなど日本語でも聞き取りにくいのと一緒。少しずつ「牡丹」などの単語は聞こえてくると思うので、そこらへんのことを歌っているだろうなと想像することが歌舞伎音楽への入口。