講師に松竹衣裳株式会社演劇部部長の辻 正夫さんをお迎えし、第5回「歌舞伎の衣裳」を開催いたしました。
十二代目市川團十郎、海老蔵丈、勸玄丈と三代に渡り市川宗家の舞台衣裳を担当するとともに、歌舞伎の海外公演や演劇ワークショップなど多方面で活躍している講師に歌舞伎の衣裳の魅力についてお話いただきながら、ステージ上で実際に着付けもしていただきました。
お越しいただけなかった方のために、内容の要点をご報告いたします。
400年ぐらい前、最初の頃は、エキストラの衣裳などは劇場が管理していたが、基本的に役者さんは自分達で用意して管理しており、ご贔屓さんからいただいたり自分達で作ることもあった。
ご贔屓さんが自分の用意した衣裳を着てもらえるように競い合って作っていたため、今でも豪華で素晴らしい衣裳が残っている。
明治時代頃から衣裳会社が衣裳を管理するようになった。
上方の役者さんが自前で衣裳を持って行くのは大変なため、東京で興行を打つ時は劇場が衣裳を用意するという契約が出来たので、それ以降、劇場が衣裳を用意するようになったが、役の衣裳を各劇場が全て用意するのは大変なので、専門の衣裳会社が出来た。
以前は三越デパートの衣裳部としてやっていたが昭和32年に独立して松竹衣裳株式会社となった。
2ヶ月ほど前に誰がどの役をやるのか確認して、体育館のような大きな倉庫に保管してある衣裳を取り寄せて状態を把握して、主役の役者さんにも確認する。
もし織りが必要な場合は、織物屋さんと相談しながら進めていく。
毎月興行があり劇場の仕事もしなければいけないので、主役以外の衣裳を決めるのは1ヶ月前ぐらいになり、周りの人たちの衣裳についても主役の役者さんに確認する。
古典の場合は決まっているので準備は2ヶ月前からになるが、新作の場合は2~3ヶ月前から進めていくこともある。
京都には歌舞伎の衣裳のみ作っている織物屋さんが数多くあるが、高齢者ばかりなので後継者問題が深刻である。
現在は織物の需要がないのでなかなか収入に結びつかず、やりたい人がなかなか現れない。
友禅は東京でもやっているが後継者がなかなか育たない。
職人の技術なので1~2年で出来るようになるものでもなく、何年も修行が必要なので、出来るようになる前に辞めてしまう。
現在は環境保護の観点から排出基準があり、昔の染料が使えない場合がある。排出基準をクリアした染料だと色が違ってしまうが、今の技術でも排出基準に引っかからない昔の色の染料を作るのは難しい。
1日から25日間の1ヶ月興行なので休みがなくなかなか続かない。どうやって休みを取れるようにするのかが課題だが、昔から専属で1人の役者さんについているためなかなか難しい。
交代制にすると人によって差が出てしまったり、役者さんの健康状態など少しの違いも気付きにくくなってしまうので、誰が担当しても変わらないようにしないといけない。
成田航空ビジネス専門学校にモデル協力いただいて、実際に着付けを行っていただきました。
まず腹布団と腰布団で補正をする。補正をきちんとしていないと着崩れしたりするため、着付けで1番重要なのは補正。着物の場合は、ウエストはくびれていない方が綺麗に着られる。
役者さんは各家で自前で持っており、役に応じて弟子が用意する。
通常は長襦袢(ながじゅばん)だが、汗をかいたりしていると襦袢だけ変えることもあるので、あえて上下が分かれているものにしている。裾よけは基本的には変えない。
裾よけの下の部分は絹だが腰の部分は汗をかいたりするのでメンテナンスがしやすい木綿で出来ている。
襦袢も同じく見えるところは絹だが胴の部分は木綿で出来ている。
1ヶ月が終わるとバラバラにして袖やちりめんの部分は再利用するが、胴の綿の部分は状態によっては破棄する。
動きが激しいので、ずれないように襟の部分を止める。
膝の裏にぴったりと着物がくっつくように下を合わせる。くっついている方が美しく見える。
重いので襟を留めて欲しいという役者さんが多い。留めないでふんわりと着たい役者さんもいる。
歌舞伎独特の作り帯になっている。着替え中は演出上の効果音で繋いでるだけなので少しでも早く着替えられるように、抱きと後ろの結びの所が別々になっており、後ろの結びは挿すだけになっている。
帯と帯の間に挟み、腰紐に引っかからずに作り帯を挿せるように入れる帯のようなものを「引っ張り」と言う。入れておくと衣裳を傷めずに早く挿すことが出来る。
丸ぐけ(今でいう帯締め)を締める。結構太い。
しごき(志古貴)を巻いて完成。
六代目尾上菊五郎さんがぽっちゃり体型で女形だったので少しでもスリムに見せようと藤の花の柄を大きくした。小道具の藤の枝も大きく作られている。
しごき(志古貴)は二巻きするが、通常は早くほどけるように一巻きしかしない場合もある。
帯の狂言紋は歌舞伎ならではの台付となっている。
帯は傷んでしまったり汗やおしろいが付いてしまったりすることもあるので、狂言紋を取り外して黒の土台部分が交換出来るようにあえて直縫いではなく台付にしてある。
臼や盃や傘など色々変わった柄が入っている。
紐は3本しか使わない。早く着替えられるように出来るかぎり紐の本数は減らし、付け紐の場合もある。腰に紐を付けておいて腰紐の代わりに使う場合もあるが踊りによって違う。
下前は合わせ方1つで開いてしまい、踊っているうちに前が割れてしまったりするので下の紐はきつく締める。
肝心なのは上の紐。胃のみぞおちあたりで締めるので、気持ち悪くなったりしないように役者さんの体調を考えながら紐の締め方を調整して着付けをする。
体調によって役者さんから緩く締めて欲しいと言われることもあるが、緩く締めると途中で崩れてしまったりする可能性もあるので、緩く締めることはとても難しい。
全て手縫いだと時間がかかってしまうため機械も使う。
後で染めるのではなく、刺繍の糸を1本1本染めているため、糸を染める技術がとても重要になってくる。
糸から役者さんに確認してもらうと時間もかかってしまうので衣裳屋さんの感覚と染物屋さんで決めて作っていく。少し違うだけで派手になってしまったりするのでとても難しい。
豪華で立派に見えるので重ね着してるように見えるようにする。
十二単のように実際に重ね着してしまったら重くて動けなくなってしまうので、裾の見えるところだけが重なって見えるように作ってある。
通常の着物と違って歌舞伎の衣裳は色々な役者さんが着るので繰越(くりこし)は付いていない。
役者さんの身長や肩幅であったり役柄であったり、様々な要素を考えながら衿の抜く量を調整する。
丸く抜いて欲しい人、四角く抜いて欲しい人、深く抜いて欲しい人、浅く抜いて欲しい人など色々いる。
肩幅が広い人は衿を広く取って少しでも肩幅を狭く見せたり、身長が高い人は衿を深く抜くことによって小さく見せたりする。
一瞬で衣裳を替える歌舞伎独特な仕掛けの1つで、「かぶせ」と「ぶっ返り」という2つの手法がある。
「かぶせ」は、衣裳の上に別の衣裳を重ねて着ておいて、役者さんのタイミングに合わせて後見の方が少しずつ玉を抜いていき最後に屈んで上に着ている着物を取り去る。
上と下で着物が分かれており、玉がついているタコ糸みたいな糸で縫い合わせているので、ほどくと脱げやすくなる。
「ぶっ返り」も衣裳の上に別の衣裳を重ねて着るが、上半身だけ替わる。肩山から袖山にかけて糸で縫ってあり、ほどけた部分を腰から下に垂らす。
一瞬で中が現れるので本性を現した時などに使われる。
1年目はエキストラの衣裳の着付けを教えてもらい、役者さんに注意を受けながら覚えていく。
何年かしてエキストラの着付けが出来るようになると中間部の役者さんを担当するようになり、それからまた何年も繰り返してやっとで主役クラスの着付けを担当出来るようになる。
着付けの技術の他に生地の名前や色の名前も一から全部覚える必要があり、長い時間がかかるので挫折する人も多い。
1日の公演が終わると衣裳が全て壁にかかっており、汗がついているものは霧を吹いておき、それ以外は畳んでその日は帰る。
次の日の朝に全ての手入れをするが、慣れないうちは時間がかかるので早く劇場に行ったりもした。
衿のところや袖についたおしろいをベンジンを使って取ってからアイロンがけをする。
手入れをすることにより、手入れの方法も学べるし、生地を触ることによって生地を覚えられ色の名前も覚えられるようになるので手入れはとても大事。
昔は聞いてもなかなか教えてもらえないこともあったので、先輩に可愛がってもらえるように一生懸命手入れをして教えてもらっていた。
見て盗んで覚えろと言われたので、地方に行った時など役者さんの部屋の外から先輩が着付けているのを見たこともあったが、役者さんや先輩から睨まれて大変だった。
みんな苦労してやっとの思いで専属になれる。
主役の衣裳は専属にならないと着せる機会がなく、専属になっても付いている役者さんが立役なのか女形なのかによって着せる衣裳が全然違うので、主役全ての着付けが出来るわけではない。
そのため、教えてもらう先輩も限られており、基本的には以前の担当に教えてもらう。
一から十まで教えてくれるが、細かいところまでは教えてもらえないので、やりながら役者さんに色々注文を受けながら工夫して徐々に覚えていくしかない。
「かぶせ」の縫い方は教えてもらえないので縫っているのを見ながら覚えていく。
習うことがたくさんあるが、さらに着物を作れるようになるまでが難しい。
経験値を積むために色々やっていくがもちろん失敗することもある。
全5回にわたり開催しました2017年歌舞伎講座は、今回をもちまして終了いたしました。
歌舞伎入門に始まり、歌舞伎の大道具、小道具、音楽、衣裳について現在活躍されている方々から大変興味深いお話をしていただきました。
毎回たくさんの方にお越しいただきまして、誠にありがとうございました。